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1998.1.5

1998.1.5
リカ・ミヤタニの誕生 Vol.3


心を鍛える -1994-

 スポーツ選手に限らず、音楽家にも心・技・体のバランスは重要だと思います。

私たち演奏家の場合、いくら体力に恵まれていても技術がなければ良い演奏はできませんし、技術はあってもそれを活かす体力がなければ、長いコンクール期間や2時間近くのリサイタルで自分を表現することは容易ではありません。しかし、いくら高度の技術と身体能力、そして経験を有していても、それらをコントロールする心がなければなりません。

私がショパンコンクールを受ける前年の1994年に、第二回浜松国際ピアノコンクールに参加して学んだことは、いかに心を鍛え上げるかというメンタルトレーニングの必要性でした。


 浜松で一番苦しかったことは、いかに練習をせずにいるかということでした。その頃の私は東京の家で6時間以上練習しており、その成果が良い曲線となって現れていた時期でした。この年の春から練習量を増やしたことにより、夏のワルシャワ夏期セミナーでは、翌年のショパンコンクール参加への準備がなんとか間に合いそうなところに到達していました。

ところが、春から夏にかけて上昇していたカーブが、秋になって緩やかに下降し始めていたことには気付いていませんでした。言ってみれば私はずっと燃料の補給もせずに高速で走り続けていた車のようなもので、ガソリン、オイル、エンジン、タイヤが、体で言えば特に腕の筋肉は疲労の限界に達していたのでした。

私はそれまで腕を痛めたことがなかったので、こうした事態への対処方法も分からず、疲労した状態で浜松へ行くことになったのです。市販の塗り薬やいろいろな方法を試してみましたが、やはり一度痛めてしまった腕は休ませるしか方法が無く、後悔の中で私の初めての国際コンクールは幕を閉じました。

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 浜松でのコンクールが終わって東京に帰った私は、早速メンタル・トレーニングの再勉強を始めました。

私が初めてそのメンタルの部分を鍛えるという考えに出逢ったのは、およそ10年前、オリンピック射撃で金メダリストというアメリカ人の「メンタルセミナー」に家族全員で参加し、その話に耳を傾けたときのことでした。当時私はまだ高校生でしたのでそのすべての考え方を理解していたとは思えませんが、メンタル・トレーニングというものが存在すること、そしてその理論を取り入れることで、自己感情をかなり高いレベルでコントロールできる可能性のあることは分かりました。

メンタル・トレーニングのプラス思考を改めて思い出してみると、浜松でのコンクールの結果も、「3次審査に進めなかった」のではなく、「2次審査を体験できた」と考えることができました。そして何より腕の痛みを含めて体力のチェックができ、冒頭の心・技・体のバランスの重要性をここで認識することができたのです。

 「心」を鍛えるトレーニングを積極的に取り入れるようになり、私の練習方法もそれまでとは大きく変化しました。まず練習時間のうちのピアノを実際に弾く時間を自分の中で限定し、腕の回復を考えるだけでなく同時に、コンクールで予想される限定された時間内での練習への対応を考えました。集中力を高め、鍵盤を用いずに頭の中で音楽をつくるイメージトレーニングも始めました。

1995年の年が明ける頃には、こうしたメンタル・トレーニングをよく理解し、支えてくれた家族の協力もあって心身ともに極めて良い状態に回復し、ショパンコンクールに参加するための必要書類や課題のビデオテープの用意は、安定した心理状態で臨むことができたのです。

 私のコンクールへの道は、次の段階へ入っていきます。

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